mijuの生活紀行

いつも、ひょうひょうと笑って暮らせたらいいな。

性同一性障害っぽかった話と名付けについて思うこと。

おはようございます。mijuです。 

 

最近、性同一性障害についてのニュースを目にすることが多くて、思い出したので。。

 

 私は、8歳~14歳位まで、ちょっと性同一性障害っぽかったんですよね。

ちなみに私の体の性別は女性です。

 

あの頃は、

制服のスカートが本当に嫌でした。

私の住んでいた地域は小学校も制服があって、スカートを履かないといけなかったんですね。(小6の途中から自由服になったのですが、本当うれしかっです!)

 

それで、家を出る時はスカートを履いて、マンション内の物陰に隠れて体操服の紺のハーフパンツに履き替え、登校していました。

 

時々、半分体操服で学校に行っているのが親にバレて怒られたりしていたので、コソコソそんなことをしていました笑

 

中学校の時は、さすがに制服を着ずに通う勇気が無かったので、セーラー服を着ていました。

でも、自分なりの抵抗を示したかったのか、心のバランスを取るためだったのかなんなのか、中1の夏休みは坊主にしたりしていました。

 

私の場合、幸い、周りの人たちに恵まれていたので、こういうちょっと変わった人間でもいじめられたりとかは、そんな無かったです。

 

たまに、「オトコオンナ」とか、「ツルモトナオ」とか揶揄されることはあったけど。

※ツルモトナオってのは、ドラマ金八先生の登場人物で性同一性障害の人の名前です。

 

 

坊主にして行った時も、部活の子たちを中心に頭をなでくり回されたりってな感じでした笑

 

 たぶん、みんな坊主頭にさわってみたかったんだろな?

 

確かに、坊主頭って独特の魅惑的な手ざわりがあるし。

 

 中学生女子的に男子の頭をなでくり回すのはハードルが高い故に、私の坊主頭の活躍の場が生まれたんだろな笑。たぶん。

 

 

他にも、

性別記入欄の“女”に丸を付ける時に心がザワザワしたりもしていました。

 

かと言って、“男”ってとこに丸を付けたい訳じゃなく、“男・女”の間の“・”に丸付けたいみたいなことを思っていました。

 

あと、一人称の取り扱いにもあくせくしてました。

 

小学校の頃は、友人との話し言葉ではボクとかオレ。

 

親の前や作文とかでは、一人称をなるべく使わないようにして、どうしても使わないといけない時は自分と言ってみたり。 

 

中学校の時は、友達に、

“オレだと変に思われるからウチにせんかー。ウチもそう言ってるし”

と アドバイスを受け、それからは通常はウチ、作文などでは致し方なく私と書いてました。

 

 

身体的なことだと、

 

初潮が来るのをすごく恐れてたり。

 

胸が存在しているのが嫌で、

斜めがけのカバンが好きだけどさけたり、

Tシャツのすそを手で前に引っ張って、目立たないようにしたりしていました。

 

今、思うとそんなTシャツをモゾモゾさせてる位なら、もっとブカブカのTシャツ着ればいいじゃん!と思う笑

 

 

ただ、さっきも書きましたが、

周囲の人にワリと恵まれていたので、女の子のコミュニティの中でもそれなりに楽しく過ごせたことは、ありがたいことだったなと思います。

 

 

私の場合は、その後、高校生くらいから、なぜかだんだん体が女性であることに違和感や精神的しんどさを感じなくなっていきました。

 

そして、今度は逆に、

いわゆる、女性的な言動を取りたいと思っても、今までのイメージから外れることをすると変に思われたり、からかわれたりするんじゃないかと躊躇したりしていました。 

 

ワンピースやスカートを着たいなと思っても断念したり。

一人称を私にしようかな?と思っても、やめとこうってなったり。

 

結局、女性的だとか男性的だとかにとらわれずに言動を選択できるようになったのは、

18、9歳の頃に地元を一旦離れてからでした。

 

 

長々と、私の性同一性障害っぽい頃のことを書いてきましたが、

子どもの名付けについて個人的にちょっと思うことがあるんですよね。 

 

えっとですね、

色んな考えがあると思いますが、

 

男女どちらでもそんなに違和感の無い名前を、付けてあげるのも一つなんじゃないか?と思うんです。

 

私の名前は女性に多い名前ですが、男性でもそんなに違和感ないようなものです。(ミジュは本名じゃありません。)

実際、友達のおじいちゃんと漢字まで同じ名前だったことがあります!

 

性同一性障害的な悩みが強かった頃、名前が中性的であることは、私にとって、けっこう救いだったんですよね。

 

 

本当は、名前に対して男女の別を強く感じてしまう感覚が、薄くなっていけばいいんじゃないかとも思いますが。

 

 

親になられる方それぞれに考えがあるでしょうし、

子どもに後々「もっとかわいい名前がよかったー」とか「かっこいい名前がよかった!」と言われたりするかもしれませんが。

 

子どもの名前を考える時に、

“この子がもし心と体に違和感のある子だったら” ということを少し考えるのも一つじゃないかな?と思います。